大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和61年(あ)895号 決定 1987年12月14日

本店所在地

大阪市淀川区三津屋南三丁目二一番一号

大滋建設株式会社

右代表者代表取締役 大原正路

国籍

韓国(慶尚南道蔚州郡凡西面泗渕里七-二)

住居

兵庫県西宮市学文殿町一丁目六番一八号

会社役員

徐錫五

一九二八年三月一〇日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六一年六月二七日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人山田紘一郎、同末澤誠之の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 奥野久之)

昭和六一(あ)第八九五号(第二小法廷)

○上告趣意書

法人税法違反被告上告事件

被告人 大滋建設株式会社 外一名

右事件につき、上告趣意書を提出する。

昭和六一年九月六日

被告人ら弁護人 山田紘一郎

右同 末澤誠之

最高裁判所 御中

第一、憲法違反(刑事訴訟法四〇五条一号)

一、原判決には、「疑わしきは被告人の利益に」との原則に違背し、憲法三一条に違反した瑕疵がある。(最判昭和五二年三月一七日第一小法廷判決)。

この原則は、刑事訴訟を貫く大原則であり、刑事訴訟手続きにおいて、その法令を解釈し適用するに当たっての基本となるものである。従ってその原則の違反は単なる法令違反(刑事訴訟法四一一条一号)にとどまらず、さらに法の適正手続を保障する憲法第三一条の違反となる。

二、本件において、逋脱の故意認定となる証拠として、原判決は、被告人徐錫五の各供述調書を挙げ、そのうち第一審判決に記載された一般的供述以外にさらに被告人徐錫五が経理担当者であった森山道男に対し「国土法の金額を超える分は、建築代金の前受けとして処理しておいてくれ」などと指示した、との供述部分を挙示する。

しかしながら、本件公訴事実は、法人税法違反、租税特別措置法違反を問うものであり、その故意認定を行うに当っては、右のような一般的供述のみをもって認定することは、前述した基本原則に照らし法の到底認めるところとは言い難いと言うべきである。次項以下詳述する。

三、まず論を進める前提として、認定事実を記述する必要がある。その準備として次の事項を略称名で記載することにする。

第一審判決の、判示第二の事実中、対帝国工業株式会社及び菊地色素工業株式会社との間の契約に際し授受された建築請負予約代金(もしくは建物工事代金前受金)を、同社らに対する土地売買代金額を圧縮したものと認定し、判示第三の事実中、対日新精工株式会社との契約に際し授受された建築請負予約代金を、同社らに対する土地売買代金額を圧縮したものとして、いずれも土地売上除外と認定し、これを逋脱所得として認めた部分を以下まとめて、第一事実、と略称する。

同じく第一審判決の、判示第二の事実中、森山道男に対するマンション購入資金を、貸付金(村上組に対する外注費として計上されているもの)と認定し、あわせて簿外貸付金に対する利息収入が生じるとして、貸付金及び利息を逋脱所得と認定した部分を以下、第二事実と略称する。

1. 前記第一事実に関する逋脱の故意の事実認定論

<1> 被告法人は、建築業を主体とする会社であり、その一環として、土地売買取引を行う。従って、右土地取引に伴う譲渡所得につき、租税特別措置法の適用の有無が問題にされる。第一事実は、右土地取引に伴う租税特別措置法の適用の対象となる行為に関する。

<2> ところで、被告法人のように、国土利用計画法、従って租税特別措置法の適用(適用除外を含む)を受ける者は、確定申告に当たり、当該取引が具体的には右租税特別措置法の適用を受け、あるいは、適用除外となると否とを問わず一切の土地取引につき、「土地売買等届出書」、「許可又は不許可の通知書」を提出し、かつ、取引の明細(土地建物混合取引の場合は土地売買代金部分と建築請負代金を区分した明細)を記入しなければならない。

被告法人が、右法の規定に則った申告を、本件公訴提起にかかる申告期の前後にわたり行っていたか否か、仮にこれを行っていなかった場合、その理由及びその事情如何は、本件被告人の逋脱の故意の存在認定に関し、重要なポイントとならなければならない。

<3> 即ち、法人税逋脱の構成要件事実として、「偽り、その他不正の行為により真実の所得額より少ない所得額を申告」する故意を以て、「申告」されなければならない。

少なくとも、本件被告法人に関しては、公訴対象の三年度に亘り、前記不動産取引に関する申告は、右記の必要書類を添付することはおろか、土地建物混合取引の場合の両者の明細区分さえ行っていない(証拠目録請求番号第六号昭和五七年度九月期法人確定申告書「土地等の譲渡に係る対価の額等の明細」「4号」の9番目の記載にかかる取引)、ことは明らかである。かかる法的に不備な申告が公訴対象年度のみに留まる場合は別として、被告法人は国土利用計画法施行以後、かかる公訴提起された対象年度と同じ不備な申告を行っているのであるから、公訴対象年度の法的に不備な申告行為これ自体では、「逋脱を行う故意のもとに申告を行った」として、逋脱の故意を認定することは経験則に反する。

何故ならば、申告に当り、かかる必要書類を添付すべきことを知っていれば本来これを偽造しない限り、正しい申告をせざるを得ない。又誤申告をすれば、直ちに、修正申告の勧告を税務当局から受けるであろうからである。

<4> 被告人は、申告に当たり、国税庁出身の税理士に、すべてを委任しており、かつ、公訴提起対象年度の申告後に、東淀川税務署により、特別調査が行われた。

そうして、右特別調査において、右第一事実の取引の申告のあり方、申告内容について、被告人徐は、担当署員に相談に行った。これに対し、同署員は申告にかかる第一事実の処理方法は、法的に、「可」とする回答を行ってる事実がある(この点に関し、当裁判所は、立証するまでもないとして、本審に於いては、担当者の証人喚問を行わなかったものと理解する。かりにそうでないとしたら、証拠調なしに事実を認定したことになり、訴訟手続の違法として原判決は、棄却を免れない)。担当税理士は、これらの必要書類を全く添付することなく申告を行い、税務署も、かかる法的に不備な申告に対し合法というお墨付を与え、何らの指導も行っていない。

<5> 被告人は、右特別調査に当り、本件第一事実が土地売買、建物建築請負予約となっており、租税特別措置法第六三条による特別税率適用の対象となるか否かにつき不安であったため、同署員に特別の質問を行い、必要あれば、修正申告の用意があることも告げたのであるが、同署員は、右記のとおり、これを合法と回答し、その法的判断を正当と信じて、被告人は、修正申告を行っていない(控訴審に於ける被告人質問)。

仮に、原判示どおり、第一事実の取引自体が、請負予約は不可であり、特別税率の適用を受くべきものであるならば、被告人は、税務署員の不当な法的判断の誤りによる回答を信じて修正申告を行う機会を失ったのであるから、故意を欠く。

2. 逋脱罪成立の用件として、申告に当り、「逋脱の故意をもって申告を行うこと」が必要である。

<1> 被告会社代表者は、法人税申告に当り、設立以来、顧問税理士角本三男に、その相談を行い、同人の指導下に申告のすべてを実施している。被告法人は建築請負、不動産取引を業とする会社であるから、同税理士は、申告に当っては、法の要求するところに従い、適切かつ適法なる方法をもって申告することを指導する義務がある(税理士法第一条)。具体的に言えば、被告法人は、租税特別措置法六三条の適用対象となる取引を行っているのであるから同税理士は、国土利用計画法施行(昭和四九年九月一〇日以降)以後、租税特別措置法の適用を受けるに充分な申告を指導、実行しなければならない義務を有する。

<2> しかるところ、同税理士は、同法施行後、被告本人の各期の取引明細を申告書に記入させることなく、又、同法の適用の条件として要求される、土地売買等届出書、これに対する許可書等を添付させることなく申告を行なわせ、加わうるに、本件公訴対象年度に至っては、前記混合取引について、土地・建物の区分さえ明確に行うことなく申告させている。

<3> 逋脱の故意に関し、概括的故意説が判例の大勢であるが第一審判決は、前記第一、二に記載したほか「昭和五五年の九月期については、坂本、昭和五六年九月期については森山に対し、税額を半分位に減額するよう指示した」という被告人徐の供述調書部分をとりあげている。しかしながら、右挙示された供述は、その前後の供述を省いて、一部のみを取り上げたものである。同被告人は、右供述の後に続けて「角本税理士とよく相談して行ってくれ」と述べているのである。被告人は、逋脱を目的として、森山らに指示したのではなく、適法、適切な節税対策を指示したものであり、それ故に、角本税理士に、よく相談するよう指示したものであって、原判決のように、右供述のみをもって、逋脱の故意そのものに当たる、と認定することが出来得るとするならば、具体的指導を行った角本は、何故にその共犯としての責任を追及されないのであろうか。

角本税理士は、被告人会社が国土法の適用のある不動産取引を行っており、申告に当っては、土地・建物の取引明細書を添附しなければならない取引があるという事実を知っていたことは、証拠上明白である。従って、最終申告額が試算額と異なる場合、その原因事実を知り又は知り得べき立場にあったのであるから、被告法人に、逋脱の故意ありと認定するのであれば、当然同税理士も共犯の責を免れない。しかしながら、角本税理士は、自らの専門分野たる、税申告の適用用件さえ、充分理解せずに申告を指導してきたのであり本件公訴提起にかかる申告においても、同税理士の不充分な指導により、三社分の予約契約につき、充分な証拠書類を添付させることなく申告を行なわせたために、後に、逋脱の故意があるとの疑惑を生ぜしめたものであってその責任は、一に、同税理士にあり、被告人らは、その不適切、不適法な指導の被害者である。

すなわち被告人は、税理士の指導に従って処理を行なって来ただけであり、原審のように、弁護人側の角本税理士取調請求を却下する以上、故意認定については、具体的に被告人には故意又はその申告行為の適法性についての故意を欠く十分な疑いがあると認めるべきであり、かかる場合「被告人の利益に」という基本原則が働く、というべきである。

<4> 逋脱の故意につき、概括的故意をもって充分である、というのが判例であるとしてもその具体的適用は、大いに問題提起さるべきである。

例えば、逋脱の故意に関する概括的故意の認定に関しては、行政事件も刑事事件と同様に解されると認められるので、行政事件に関する最近の判決例を挙げると、福岡高判昭和五九年五月三〇日判決(訟務月報三〇巻一〇号二〇〇六頁)がある。

右事案は、株式売買をめぐる更正処分取消請求である。事案は、右株式取引の逋脱所得に関し、重加算税賦課の取消を求め、理由として故意を争うものであるが、右判決は、概括的故意をもって可としながらその認定事実としては、「架空名義を用いて行う株式取引」である、という事実を認識している必要があるとして、その事実を認定している。即ち、本件原判決認定のような、単なる、「税が半分にならないか」といった一般的供述ではないことである(日常において、我々一般人が、「あいつ殺したろか」と関西弁をもって唾棄することがあるが、これをそのまま額面どおり受けとる者はないであろう。そうでなければ、この世は、殺人罪で告発される者で一杯になるであろう。)「疑わしきは被告人の利益に」の原則上、かかる一般的概括的供述をもって故意を認定することは法の基本原則を踏みにじるものと言うべきである。

即ち、逋脱の故意に関しては、個々別々の取引につき一個ずつ逋脱所得の認識と故意を要する、とまでは言えないにしても、例えば、経費の点については、架空の経費を計上しようとする一連の行為と、その認識を要するものであり、第一事実のような不動産取引に関しては、国土利用計画法所定の価格を超える価格で売買する場合に、これを他の取引にすり替えて行わんとする事実、の認定を要すると言うべきであり、一般的な漠然とした形での認識をもって故意ありと認定することは、法の認める概括的故意ではない、と言うべきである。

従って、原判決認定の各証拠は、いずれも、「節税の方法はないか、よく税理士と相談して、検討して欲しい」というものであって、それ以上に出ない。節税方法の検討は、法の認めるところでありそれもすべて顧問税理士の指導に委ねられているのである。

概括的故意なるものを、本件事案に即して具体的に示せば、例えば、「本件のような土地取引に当たっては、適正価格を超えた部分を何らかの方法により処理して、特別税率を課せられないように検討せよ」というような指示というべきであり、単に、申告直前に、「税が半分にならないか」などと指示したことのみを把えて、第一事実につき逋脱の故意を認定することは前述基本原則に反し認められない。

<5> 原判決は、森山の「国土法を超える部分は、建築代金の前受金として処理しておいてくれ」との供述を挙げ、これを故意認定の証拠とする。まず第一に森山供述の証拠力、信用性を争われているにもかかわらず、それにつき判断を示していないのは、法令違反であり、この点だけでも原判決は被棄を免れない。次に後記のとおり、土地代金として収益をあげる部分をある一定範囲ではあるがこれを建築代金の一部として計上することは、法の認めるところであるから、この供述は、故意を認定する証拠として挙げることは、許されない。従ってこれを証拠に挙げた原判決には証拠採用の法令違反があり、これは原判決に影響を及ぼす著しい違反であるから、破棄を免れない。

<6> 又原判決は、右故意認定に当り、顧問税理士の関与、税務署名の合法回答、従来の法的に不備な申告書面の承認という、故意の認定を疑わしめる各事実の存在を認めながら、これにつき何ら証拠調を行わずに右事実を認定した違法があり、これらの証人申請を却下した訴訟指揮を含め、「疑わしきは被告人の利益に」という基本原則に反した裁判を行ったうえで、事実認定を行っている。よって原判決は、事実認定の過程においても、前述基本原則に違反し憲法三一条に違反しているので破棄を免れない。

第二、原判決には、法令違反(刑事訴訟法第四一一条一号)がある。

一、原判決は、本件公訴事実のような土地売買契約と建物建築請負契約又はその予約との混合契約の場合は、その売買代金の一部を請負代金に含ましめ、又はその予約金とすることが一定の範囲において許される、という被告人主張の法解釈は、特別課税を不当に免れることになり認められないと判示するが、原判決の法解釈は、租税特別措置法第六三条、同通達第六三条2-41に反するものであって、憲法所定の罪刑法定主義の精神に反し、かつその違法は、原判決に影響を及ぼす瑕疵と言うべきである。以下具体的に論述する。

二、まず、その解釈の前提となる事実認定について述べる。

1. 第一事実について

前記第一事実は、いずれも土地売買契約と共に建物建築請負予約契約があり、請負予約代金を徴している点で共通する。

租税特別措置法第六三条3六は、土地と共に建物を譲渡し、あるいは建築を請負った建物を譲渡する契約(以下混合契約例と略称する)に関する同法適用除外に関する規定である。ところで、右三社分の混合取引はいずれも、建築請負予約ではあるが、これも右租税特別措置法第六三条3六の予定する混合契約例の範囲内と認められる。ところで右第一事実と同様の混合契約例が本件公訴対象期間内にあり、これについては、公訴の対象外とされているので、これを右第一事実と比較する。

<1> 即ち、被告法人は、昭和五六年一二月一〇日をもって、国産バネ工業株式会社に対し、淀川区三津屋中三丁目七番八、宅地九九一・七三平方米を、売却している(検察証拠請求番号一一号公表売上調査表第八番参照)。そうして工場建築工事本契約は、兼松江商株式会社との間で行われ(リース契約である)、契約書上は、請負予約代金は本契約代金に算入されなかったが、本件公訴提起の前提としての逋脱額計算の過程においては、最終的には、右予約金は請負代金の一部として算定されている。右請負代金の合計額は、金一六〇、四五〇千円(契約書金額金一一八、二五〇千円+予約金四一、二五〇千円)である。利潤率は二五・七パーセントである。

右のとおり、国産バネ工業株式会社との土地売買、建物請負予約契約は、三社分と同様に、請負予約の点で、まったく同一内容をもっており、しかもここで留意すべきことは、右建築契約は、土地売買及び請負予約時には、具体的に設計、見積も行われていなかった。なおこれに関する証拠は弁護側証拠調請求番号19ないし20であるが、原審は、これが検察側押収証拠であるにもかかわらず、証拠調を却下した違法がある。これについては後述。

<2> しかるに、帝国工業株式会社分については、建築請負本契約が行われ、日新精工株式会社については、被告会社の請求に対し、同社はその非を認め(同社代表者の反対供述とは異っていることに留意すべきである)、建築を行う旨の意思表示が最近なされ、昭和六〇年一一月中旬本契約を行っており、又、菊池色素工業株式会社においても、建築請負をなすことを前提とした契約である、との青木成章の供述調書が原審に於て取調べられており、従って、国産バネ工業株式会社と三社分の事例の差は、わずかに同一課税年度に請負本契約が行われたか否かにすぎない。よって、両ケースは、全く同一の事例であるので、本件を予約契約として認定されるべきものである。

2. 第一事実に関しては、度々言及しているとおり、土地売買契約書、建物請負予約契約という混合契約形態をとっている。しかも予約請負契約という混合型態をとっている国産バネ工業株式会社分については、予約金につき逋脱所得とは認定されず建物請負代金の一部として認定されていることは前述した。

<1> 国産バネ工業株式会社分は、次の構造をとる。なお、土地売買契約書及び請負予約日は、昭和五七年三月二六日である。

土地価格 一四三、八〇〇千円

予約金 四二、二〇〇千円

請負代金 一一八、二五〇千円

右によれば、建物請負代金は、合計金一六〇、四五〇千円であり、予約金=利潤の占める割合は、二六・三%である。

<2> 帝国工業株式会社分は、次のとおりである。建物建築請負第二次契約の証拠は控訴審において取調済である。

土地代金 一五〇、〇〇〇千円

予約金 四〇、〇〇〇千円

請負代金(一、二次計) 一二一、一四〇千円

右請負代金には、予約金が含まれている。予約金の請負代金に対する利潤率は三三%である。土地・建物の方に利潤を求める契約は、通常行われており、利潤率は、三〇%ないし三五%に及ぶことは、前述したが、本件は、右利潤率の範囲内にある。

<3> ところでかかる予約金の徴収を行う背景は次のとおりである。即ち、土地契約時に被告会社のような規模の会社では、請負予約金を徴しておかないと、契約自体守られないという点にある。後記菊池色素工業株式会社は、被告会社が内容証明郵便による申入れを行い、また、同社契約担当者の青木成章の予約契約存在に関する供述調書が存在することを説明したにもかかわらず、建築工事の発注を行わなかった。このことは、予約金の必要性を如実に示すものである。なお、菊池色素工業株式会社に対しては、予約金を違約金として没収すると共に、土地売買契約書目的を達せられないので、土地売買契約書契約を解除し、その返還を求める民事訴訟を提起し、本書面提出時に被告人会社主張に沿って和解に至っている。

なお同社分は、土地売買契約及び建物請負予約契約時の建築予定の建築代金は、その土地の規模等からして、金四五、〇〇〇千円程である。従って、予約金(一千万円)の占める割合は、

一〇、〇〇〇千円÷五五、〇〇〇千円=二二%

となり、既述適正利潤率の範囲内にある。

<4> 日新精工株式会社分についても、建築請負本契約が遅れていたが、同社は、当社の申入れにその非を認め、本契約締結に至り現在建築工事も終了した。これによれば、建築代金は、金七五、七〇〇千円である。予約金は、金二〇、〇〇〇千円であるから、利潤率を計算するまでもなく適正である。

三、租税特別措置法第六三条の解釈及び適用

以上の事実認定を前提として以下法令解釈を述べる。

1<1> 第一審判決判示第二ないし第三事実中、帝国工業株式会社外二社との契約はいずれも、土地譲渡契約に附随して、建物請負予約契約がなされ、同時に、その予約金が収受されている。

<2> ところで、本件のように、土地売買、建物請負の混合契約が行われた場合、租税特別措置法第六三条3六の適用が問題となる。同条項は、土地、建物(建物を請負契約により、建築した場合を含む)を、一括譲渡する場合の法適用除外に関するものである。土地売買、建築請負等の混合契約の場合、本来土地譲渡益として、収益を挙げるべく予定さるべき部分が、租税特別措置法の制定により、特別税率を課されることになった関係上、これを避ける趣旨で建物譲渡価格、又は請負代金価格に利益を移行させて、この面で、収益を挙げるべく契約型態が変動していることは、一般に、会社の大小を問わず、通常行われていることである。大会社では通常である。

例えば、通常不動産会社-デベロッパーと称されるものは、土地譲渡に当たり、建築請負を同時に契約し、もしくは、二年以内に当該不動産に発注して建設しない場合は、土地を買い戻す旨の契約を行っている。これは、新聞紙上の不動産広告を見れば、ごく通常の契約条件にすぎない。大手の業者が、土地のみを売出さずに建物建築を絶対条件としていることは、公知の事実と言うべきである。なお原裁判所は、この点の立証をも却下したが、これ又訴訟手続に反し違法と言うべきである。

<3> 租税特別措置法の運用実施に関し同法通達が定められているが、同通達第六三条2-41に、「土地と建物の譲渡対価の合計額が、土地等の取得価額と建物の取得価額との合計額(譲渡原価)を超える場合、建物の、取得価額に一四二%を乗じて計算した額と譲渡対価の合計額から土地等の取得価額を控除した残額とのいずれか低い金額に相当する金額以下の金額を建物の譲渡対価の額とする」とする規定がある。これは、右<2>に述べたような事情を前提とし、これを合理化する規定であり、右通達により、実質的に法的裏付を得ていると認められる。

原判決は、この点を第一項記載のとおり排斥するが、法及びその運用に当たる当局がその法解釈の適用運用の指針を明文化して公布し、右記述のとおり土地代金として収益を確保すべき部分につきその一定の範囲を建物建築代金に算入することを認めている以上、原判決の法解釈は、明らかに明文法にも反するものであり、その誤りは、以下に記すとおり明らかに、判決に影響を及ぼす重大な瑕疵があると認められる。

なお上告人らは、土地代金のうち一定の範囲と主張しているものであって、その大部分を建築代金算入せよということを主張しているのではない。右を説明するならば、本来の建築代金の見積りの三〇~三五%増までは、適正な建築代金として認定しうると述べているにとどまる。例えば国土法価格の五〇%増しの価格を算定し、その五〇%増しの価格部分のうち一〇%部分のみが、建築代金に上乗せし得ない場合も当然あり、その場合残四〇%の部分を建築代金として計上することは当然認められない。原判決の右に関する説明は、この点を誤って理解し、独自の解釈を示し、上告人の主張に対する判断さえも示していない違法がある。

<4> ところで、土地及び土地と共に譲渡するべく請負った建物の譲渡契約、又は建物につき、建築請負予約、という混合契約における建物価格(本件では、請負契約が主眼であるので請負代金価格となる)につき、適法と認められる利潤の範囲は法律問題である。ところで、これに関し明文法上の規定を見るに前記のとおり右租税特別措置法に関する通達にその旨の規定があり、それによると、土地・建物の売買・請負混合契約においては、建物建築の価格の、一四二%増までを合法性のある建築請負価格とするが、これを請負代金価額の方からみれば、四二÷一四二×一〇〇=二九・五七%となる。これは、明文法上の根拠であるが、刑罰法上の過罰性の観点を考慮すれば一般人の判断の誤差の範囲を前後一〇%とみるべきであるからこれは総請負代金の三〇%ないし三五%の範囲をもって適正利潤と認定すべきである。

なお前述<3>参照。

2<1> ところで、帝国工業株式会社外二社との本件契約は、土地売買契約と建物建築請負予約契約の混合契約の構造をとることは、前述した。しかも、右三社と構造上同一の事例-国産バネ工業株式会社との契約-が、本件公訴対象年度に存在していることも、前述事実認定記載部分のとおりである。国産バネ工業株式会社との契約は、土地売買契約請負予約契約の時点に於いては請負建物について、具体的規模ないし設計見積も行われてない。従って、国産バネ工業株式会社と三社分の事例の差は、わずかに同一課税年度に請負契約が行われたか否かにすぎない。

<2> ここで同一年度に、予約に基づく本契約が行われたか否かは、両者間の、六三条3六の法適用に関し、これを区分するメルクマールとして有効か否かは、論ずるまでもない。予約に基づく本契約が、課税年度を一日超えた翌期に行われた場合に、法人税法適用の関係でこれを排除することは、法の本来の趣旨とすることではないであろう。よって、両ケースは、全く同一の事例である。本来土地代金として利潤をあげるべきものを、建築代金の一部として組入れる慣行があり、法もこれを是認しているにもかかわらず、原判決は、右明文を全く一顧だにせずこの点に関し、立証さえ拒否し、単に「土地代金の一部を組入れることは許されない」と法的に矛盾した解釈(前述のとおり、法の明文規定が存在するにもかかわらずである)を挙げて、これを排斥している。これは、あえて片方のみを予約金として認定せず、又は、予約契約を否認しているとしか考えられず、従って原判決には明文の規定に反した法解釈を行っており、著しい法令解釈の誤りがある。

<3> しかるところ、本件前記三社との契約は、請負代金額に対する利潤率(預かり金を含めて計算したもの)は、右適正利潤率の範囲内に収まっており、従って、租税特別措置法第六三条3六及び七の法適用除外事例に当たるので、同条項を適用さるべきである。

四、租税特別措置法第六三条所定の「政令で定める金額」の解釈と刑罰適用の可否第一審判決判示第二ないし第三の事実中、帝国工業株式会社外二社との取引に関する所得を、逋脱所得と認定すべきか否かは、土地譲渡益に関する租税特別措置法第六三条の解釈適用の問題である。同法第六三条三・四・イは、「当該譲渡に係る対価の額が当該譲渡に係る適正な対価の額として法令で定める金額以下であること」と定める。そうして、右「政令で定める金額」にいう「政令」とは、国土利用計画法に基づく公示価格、とされている。右法令の運用の実際について述べる。

1. 土地を売却しようとする者は、先ず、「土地売買等届出」を行わなければならない。右届出に対し、当該行政庁は、勧告の必要がないと認められるときは「国土利用計画法第二三条一項の規定に基づく届出については、同法二四条第一項の規定に基づく勧告を行わないことにする」旨の通告を行う。

2. 即ち、右法令の適用・運用においては、届出に対し、単に勧告を行わない、という形式をもってなされており、租税特別措置法にいう「政令で定める金額」につき、一義的な具体的金額を示すことはない。一般的に言えば、届け出られた土地は、標準地ではなく、これとは場所・条件の異なる土地の売買に関する事例が殆どであり、その場合、標準地を基本として、種々の考慮の下に価額が決定されるものと認められるから、本来「政令で定める金額」なるものは、具体的事案においては一義的に定まらず、従って、ある一定の幅をもった金額-一定の誤差のある金額と言ってよい-であると認められる。

よって、国土利用計画法による届出を行う者は、本来一定の幅を有している「法令で定める金額」を予測して届出を行うのである。右に述べた趣旨からすれば、「勧告を行わないことにした」旨の通知は、届出られた金額は、行政側が予測した金額の誤差の範囲内にあると認められるとして、勧告を行わない旨の通知が発せられるにすぎないのであり、行政当局が、自ら、その上限及び下限を示すものではない。

3. 右申請者が届け出た金額の誤差の範囲内で、取引を行った場合に、単に届出金額を超えた金額をもって売却したにすぎないにもかかわらず、国土利用計画法に違反した価格で売却したものであるとして(その場合に租税特別措置法所定の特別税率の適用を受け、法人税法による税の徴収を受けることは致しかたないとしても)、直ちにそのことにより、本来幅のある「政令で定める価格」違反として法人税法違反即刑罰法規をもって処断する対象行為=可罰的違法性のある行為、として、構成要件該当行為として刑罰法令を適用すべきか否か大いに問題とさるべきである。例えば、次の例を考えれば明白となる。

すなわち国土法による届出を行ったが、「勧告を行わないことにした」との通知を受け、その届け出の一五%増しの金額で売却したが、国土法違反とならない場合もあろうし、かつ届出金額の五%増の金額で売却したところそのうち三%増部分が国土法違反となることもあろう。これは、国土法の規定が一義的に価格を決定しないことに由来するものであって、当然予想される事態である。

これを裁判所が積極的に違反者を捏造するような拡張的解釈を行うことは、法の規定の精神を踏みにじるものである。

4. 具体的に言えば、届出譲渡価格に関しては、少なくとも届出金額の上限一〇%の範囲内にある譲渡金額は誤差の範囲内にある、と認められるべきであり、従って、逋脱所得に入らず、又その範囲内にある金額は逋脱の故意を欠く、という解釈が、法の趣旨とするところである。

5. 原判決は、上告人の右法律的主張に対し、何ら判断を行わず、かつ右法令で定める価格を届出金額と同一のものとする判断を前提として判決しており、この点で法令の解釈を誤り、その適用を誤っており、その違法性は、判決に影響を及ぼすことは、明らかである。

第三、原判決には、著しい事実誤認(刑訴法第四一一条三号)があり、これは原判決に影響を及ぼす瑕疵であることは明白であるから、破棄を免れない。

一、前記第一事実について。

1. 前記第一事実は帝国工業株式会社他二社の土地取引に関するものであるが、これらについては、租税特別措置法により、申告に当たっては、各取引単位毎に必要書類を添付のうえ、その明細を申告書に記入することを要求されている。

しかるところ、被告法人が昭和五三年度申告分より、右該当取引を行い、かつその申告を行っていたが、法の要求する明細を記入せず、又必要書類を添付しなかったことは、既述のとおりである。本法人は、顧問税理士が一切を指導し申告が行われ、法的に全く不十分な申告に対して、当局は、全くこれを意に介さず、しかも本件査察に入るまでに、税務署側が各年度毎に調査を行い、申告の修正まで命じていた事実にもかかわらず、その申告方法を是認していた事実も明らかに存在する。

2. 従って税の専門家たる税理士及び税務署員が、かかる土地取引を含む法人の申告にあたっては、当然法の要求する形式及び内容に従って申告することを指導ないし要求すべきであり、それが行われていない場合、法人税法違反の故意を認定するに足る証拠が存在する、と判断することは、恣意以外の何ものでもなく自由心証の埒外のことと言うべきである。

特に、本被告事件の中でも、重要部分たる帝国工業株式会社外二社分の譲渡所得に関する部分は、租税特別措置法第六三条の特別税率を課される取引には該当しない等の指導を、事前に税理士より得、かつ被告法人の税務署による特別調査においても、同様に同法の適用除外に当たる、との回答に接している。

右は、故意の存在を阻却せしめる事実もしくは違法性阻却事由の存在に関する錯誤に当る。原判決は、右各事由の存在を認定しながら、判示事実のみを指摘して、構成要件を充足していると判示しているものであるから、原判決には、判断の遺漏があり、かつ、その遺漏により法令の適用を誤っているというべきであるから、法令適用の誤りがあることは明白である。

3. 第二事実について

<1> 法人税法違反を問うためには、逋脱につき、少なくとも未必の故意を要するとされることについては、異論はない。すなわち過失犯は、不可罪である。

森山分については、被告人徐は、第二事実に関する森山の措置を知らないと供述しているし、検察官提出の番号一五号の査察官調査書一三二工事原価の欄には、査察官自らが、「森山供述」、「元帳」は、理由がなく、これを認めるに足る証拠は他にない、と記述しているとおり、被告人徐は右事実については、何ら認識しておらず、明らかに未必の故意そのものさえ認定するに足りる証拠はない。原判決によれば「右金員が村上組に対する外注費として記帳されたことは明らかである」と認定する。しかしながら、右認定部分は、森山において被告人に無断で行ったものであって、被告人には、この事実については、夢想だにしなかったのであり、即ち故意すらないのである。

<2> 原判決は、森山供述により対銀行政策上借入金を村山組への外注費に仮装したと主張する。森山が被告人会社より借入れたと主張する貸付金は、マンション購入資金であるから、被告人会社としては、その資金を捻出するにあたり、村上組の外注費に仮装する必要は、毫も存しない。判決摘示の被告人徐の供述は、「マンション購入に当り森山が銀行より借入れる住宅ローンが実施されるまでの一時的な立替えに過ぎない」と述べているに過ぎないのであって、その捻出方法につき、森山が違法行為行うことを訴諾した事実もなければ、違法行為を行っていたことを認識したという証拠もない。又原判決は森山が立替金の支払を遅らせていただけであると認定するが、本件取調済の証拠には、「その支払がおくれていただけである」という証拠は存在しない。従って証拠に基づかない認定である。かりに支払が遅れていたとするならば、立替金の返済条件、方法等の合意が存在しなければならないが、かかる証拠は、毫も存在しない。原判決は故意認定の証拠として、森山供述の「貸付金が多くなると銀行対策上まずいので」という部分をあげるが、この点に関し、原裁判所は被告人徐の反面供述を得ていない。森山は、後述のとおり本件についての国税局の捜査中に被告人会社の手形、小切手を偽造し、解雇されるほどの悪質な人間である。かかる人物を信用して雇用していた社長の責任はともかくとして、それがために自己の知らないことまでも(森山は、原判決の如く、すぐ支払うべき立替金の返済が遅れていた程度ならば、かかる手の込んだ手口をとる必要があるであろうか。自己が社長に無断でこれを借入れたものであるからそれを隠蔽するために、外注費として計上したものである。その責を、それも刑事上の責を事情の知らない被告人徐が負うべきいわれはない。まして第一次捜査当局さえ疑問を呈しているのに裁判所が違法な事実認定を行い積極的にされに加担することは、正義の番人として、恥ずべき行為である。しかも原判示は、森山よりマンションの引渡しを受けたことを右貸付金の回収と認定するが、事実は、森山の本件不法行為に関する損害賠償請求権の回収として行われたものであることは証拠上明白である。

なお、森山は、昭和五八年五月に、被告会社の小切手を偽造し、小切手金四千万円を会社から騙取しようとして偶然被告人徐に発見され、懲戒解雇となっている。かかる人物の供述を証拠力の評価なしにそのまゝ採用することは、自由心証の枠を超えたものというべきであり、違法な証拠に基づく認定というべきである。従って右認定は証拠の採否の法則を著しく誤ったものであり、その違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、少なくとも原判決の第二事実に関する部分は破棄を免れない。

第四、原判決には、証拠の採否法則を誤り証拠調を行わなかった違法があり、その結果として事実の誤認があり、これは、原判決に及ぼすべき瑕疵であると認められるので、原判決は破棄を免れない。

一、被告会社が公訴事実対象年度以前から顧問税理士の全面関与の下に申告を行い、しかも第一事実のように租税特別措置法の適用の対象となり得る取引がある場合には、その明細を明らかにし、かつ必要書類を添付すべきであるにもかかわらずこれを全く行っておらず、かつ所轄税務署もその事実を知りながら又その間に特別調査を実施しながら、その違法性を知らなかったとしか考えられないが、適正な税務申告を行うことさえも行っていない。この事実については、前述したが、右事実は、担当行政官庁側自らが、租税特別措置法の要求する申告の方法、手続を知らなかったと断定さるべきであろう。又右所轄税務署の特別調査において、担当者は、本件のように、土地売買と建物建築請負契約が併存する場合、契約請負部分に売地代金の一部が含められても、一定の範囲内において合法性があると指導しており、これらの事実は、申告の当たっての故意認定を左右する重要な証拠であると言うべきである。

なかんずく本件法人税法違反の公訴対象の内容は民法解釈=契約解釈並びに行政法との整合性の解釈が事実認定に重要な要素となる。法律的事実の範畴に属する問題が存するため、税理士ないし税務署員の指導のありかたは、故意の内容そのものに影響を及ぼすというべきである。

原審で取調べた角本税理士の調書及び被告人徐の本審に於ける供述にあるとおり、角本税理士の本件公訴事実対象年度の申告指導のありかたは、大いに問題とさるべき内容を含み、かつ税務署側が、日頃かかる不充分な申告を許してきたという共犯的行為も存在する。しかるに、その不充分な申告の結果、事情に疎い被告人のみが、税の修正申告という枠をとび超えて、脱税という不利益処分を受けている場合に、かかる共犯者的な存在者を裁判所に於いて証拠調べを行わず事実認定を行うことは、第一記載の疑わしき証拠が存在するのにこれを排斥して裁判を行ったものとして、憲法違反の疑すら存在する。

原判決は、かかる故意に関する最も重要な証拠調を行わずに事実認定を行っており、これは証拠の採否を誤って、重大な事実の誤認をしたものと同視さるべきであるから、証拠調に関する採否の法則に関する法令適用を誤った違法があり、その結果原判決には、事実を誤認し、原判決に影響を及ぼすべき重大な瑕疵があることは明白である。

よって原判決は破棄を免れない。

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